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まず最初に断わっておこう。

これから書く話は、事実だ。

いや、正確に言うと、事実ではないかもしれない。

私がとある知人から、ある話を聞いた、というのは事実だ。

しかし、その知人が語った話が真実かどうかはわからないし、それを証明するすべもない。

なのでこの話は、事実かもしれないしそうでないかもしれない。

そういう前提があることをご理解いただいたうえで、この話をきいて頂きたい。




信onが無印のころだから、かれこれ10年前になるだろうか。

その知人は、24時間合戦にいるような、いわゆる「合戦廃」だった。

実際、実装当時の合戦は今のように陣が区切られていなく、
24時間ずっと陣取戦が行われていたそうだ。

その知人はさすがに24時間連続で参戦、というのはしていなかったが、

日中仕事をして、帰宅してから朝方まで合戦、早朝で全ての陣を落としてから仮眠をとって出社。

そんな無茶苦茶な生活を合戦のたびにおくっていたらしい。なんともすさまじい話だと思う。

そんなある日。

突然、体がいうことをきかなくなった。

これはさすがにまずいと思い、病院に駆け付けたところ、

「あんた、このままだと死にますよ」

と医者に言われそのまま入院したそうだ。

どうも内蔵系(心臓だったか肝臓だったか)に深刻なダメージを負っていたらしく、
長期間入院していたらしい。

結局退院して信onに復帰したのは(これだけやばい状態から信onに復帰するというのもすさまじいが。)、
飛龍の章に入ってから。
入院してから実に1年が経過していたという。

復帰して周りの人から掛けられた第一声が、「死んだと思っていた」だったらしい。
知人は自虐気味に語ってくれたが、
笑っていいのかどうなのか、なんともアンニュイな気持ちにさせられるひとことである。

まぁ結局、知人の話は笑い話で済ませられたのだけれども、
私の本音を言うと、とても笑い話にする気にはなれなかった。

なぜなら、この手の話をもう3人くらいはきいているからだ。

ある人は、心臓発作に襲われた、またある人は入院していた・・・・・・。

まだ、ご本人と話せられればいい方だろう。

私の記憶の中には、突然ログインしなくなった知人が何人かいる。

恋人ができた、子供が生まれた、といっためでたい話題もあるが、
何の理由を知ることもなく、突然いなくなった人もいる。

あまり想像したくないが、突然亡くなったケースも、表面上には出てこないだけで潜在的には結構あるかもしれない。

そういう、あまり聞きたくない「武勇伝」をもっている人たちには共通する点がある。

皆、合戦の参戦率が非常に高く、その国の中核ともいえる合戦常連だったのだ。

言い方を変えると、合戦で心身ともに蝕まれてしまった人たち、ともいえるだろう。

何を大げさな、と思う方もいるかもしれないが、
私自身はこれは事実だと大真面目に考えている。

そう考える理由は極めて明快だ。
私自身、合戦が起因と推定される体調不良を経験したことがあるからだ。




私の場合いくつか思い当たる節はあるが、一番顕著だった例をあげようと思う。

あれは2年前の年末年始だったか。

当時、統合後の上杉家は滅亡寸前まで追い込まれていた。

そんな非常事態、年末年始の忙しい中にもかかわらず、毎日毎晩、長い時は朝の5時過ぎまで、全体会議を行っていた。

このころは私もそこそこの参戦率を維持していたし、まだ国勢にも関与していたころだったので、
会議でも積極的に立ち回っていた。

日中は合戦交流私設でいろんな方の意見をうかがい、
夜は会議で発言や提言をし朝方まで議論を続け、
目が覚めれば多岐にわたる議題を整理するため議事録にまとめ議長に送付したり。

そういった会議関係で一日を費やす日々が続いた。

この年の年末年始は自分の中でも最悪の年だったと記憶している。

上杉家の将来がかかっている時期で、やりがい自体はあったが、休養らしい休養をとることはできなかった。

しかも間の悪いことに、年明けから仕事が加速度的に忙しくなった。

毎日夜遅くまで残業し、休日も返上して働いた。

そうしているうちに、心が悲鳴を上げ始めていた。
過去に何度か暴露しているが、私はうつ病の経歴がある。

このころはすっかり回復していたが、信onと仕事で忙しい時期が重なり、
非常に負荷がかかっていた。

結局負荷は春先までとれず、しばらく会社を休むことになった。

こうなってしまったのは自業自得だ。
趣味にしろ仕事にしろ、自分のキャパシティを大幅に超えてしまったのが原因で、自己管理できなかった私にすべての責任がある。
非常に苦い思い出だ。

こうした経験があるから、「信onしていたら入院していました」という話を、全く笑えないのだ。



信onはすでに転換点を迎えてだいぶ久しいと感じている。

何年か前に、ネットゲームの年齢層というチャート図を見たことがある。

我々の信onの平均年齢は、確か32,3くらいだったと思う。
それから数年たっているのだから、今統計を取ればもっと高めの数字が出るだろう。

「IT技術者35歳限界説」というのは耳にしたことがある方もいるだろう。

激務の続くプログラマやシステムエンジニアといった、IT関係の職業の人は、
35歳あたりが活動のピークだという。

スポーツ界でも、最近は選手生命も伸びているが、35歳くらいになると現役を続ける選手は減る。

おそらく、今の信onの平均年齢も、35歳程度ではないだろうか。
そうすると、ある程度プレイに限界が出てくる世代が増えていると考えることはできないだろうか。

若いころは時間を忘れて、朝方までプレイしても翌日平然と生活できた。
しかし今は、数時間やっただけでも疲れを感じてログアウトしてしまう。
そういう感覚を持ったことはないだろうか。

そう、私としては、信onで廃プレイできる年齢層は、昔と比べて相当数減っていると考えている。
合戦においては、廃プレイを前提とした戦術に限界が来ていると感じざるを得ないのだ。




全ての国がそうだとは言えない。

しかし、大方の国は、

「ごく少数、場合によっては一個人がトップダウンで指示をだし、合戦を回す」

というプレイスタイルをとっているように見える。

信onはゲームなのだから、上位下位といった階層社会があるのは本来おかしいのだけど、
ある程度指揮命令系統が確立されていて、トップダウンの指示で全体を動かすという方式の方が効率がいいし、
その結果ある程度の強さを維持できる強みはあると思う。

しかし、この方式には非常にリスクが高い。

それは、

・指示を出す人間に「負荷」がかかること。
・指示を出す人間がいなくなると集団行動が効率的に取れなくなり、その勢力は急速に弱体化する。

という点である。

そして、先ほどの「35歳限界説」のとおり、
信onプレイヤー自体が負荷に堪えられなくなってきている年齢に大部分が差し掛かっている。

以上の理由から、

「一部の人間がトップダウンで指示を出す方式は、全体の流れから見れば主流ではなくなる」

という予測を立てることができる。

私も合戦歴は長い方だと思う。

カリスマ的なトップがいる国は強いし、そのトップが去った国が衰退し滅んで行った例はいくつも見てきた。

そして、そういう「神」のようなカリスマトップは、存在できない流れとなっている

つまり、信onの合戦に「神」がいなくなる日は、遠くないのだ。
いや、ひょっとしたら、そういう「神」が合戦を統治する時代は、とうの昔に終わっているのかもしれない。




合戦場から「神」がいなくなった今、合戦人はどうやって合戦を回していけばいいのだろうか。

この答えを出すために、こんなたとえ話をしてみようと思う。

古来、人間は自然を崇め、そして神を崇めて生活を送ってきた。

特に日本では自然に宿る神々を崇拝し、自然災害という脅威から逃れようとしてきた。

崇拝の対象は自然の神々から仏へと移り変わり、
病気平癒や戦乱の鎮静化に祈りをささげてきた時代もあった。

しかし、そのような試みは、ほとんど自然に裏切られてきた。

やがて人間は、「科学」という武器を手に入れることになった。

「科学」は戦争をより悲惨なものにするという負の側面を抱えつつも、
医学や物理学等の発達により、人間の生活は向上し自然にも打ち克てるような力を持つように至った。

そして現在、「神」は人の心のよりどころとなってはいるが、
実際の我々の生活は、「科学」や「文明」といった、
たくさんの人間たちが努力を重ね創りあげたものをベースとして成り立っている。

一人一人の、ほんの小さな努力が一つになって、今日の繁栄を支えているのだと思う。




「神」が去りつつある信onも、同様のことが言えるのではないだろうか。

確かに「神」が合戦を転がした方が効率的に動くし、一番合理的に強くなれると思う。

しかし「神」がいないのであれば、それに代わる「仕組み」を作るしかないだろう。

その「仕組み」とは、「神」ではない「人間」の力を結集させることだ

「神」とあがめられるプレイヤーは、一人で何でもできるか、特定の分野にずば抜けた才能を持っている連中だ。

そういう資質を持った人は、なかなか現れない。

だけど、そこまで飛びぬけた才能がなくても、
何人かでグループを作り(もちろん「全員」でも構わないわけだ)、
作業や負荷を分担させて全体を運営していく。

それならば、ある程度の強さを生み出すことは十分可能だ。

今まで「神」からトップダウンで動いていた組織を、
仲間同士が対等の立場で意見を言い合い課題を解決していく水平展開型の組織に変えるのだ。

今の信onの合戦を見るに、こうした水平展開型の組織に移行するのが今後の主流になると思う。
逆に移行できない勢力は、衰退の一途をたどることになるだろう。




もちろん、いままでのスタイルを改めることには抵抗があると思う。

現実世界においても、大体の人は何らかしらの宗教を信仰している。
その宗教を捨ててまっさらな状態で生活しろ、なんて突然言われたらさすがに戸惑うだろう。

しかし、信onにおける流れというのを考えると、どうしても水平展開型の組織の方がメリットがあるのだ。

具体的には、
・グループで負荷を分散させるため、一人一人にかかる負担が軽くなりプレイヤーとしての寿命が長くなる。
・仮に誰かがログインできなくなっても、グループのメンバーが穴埋めするため大幅な戦力ダウンは起こらない。

ただでさえ「負荷」に弱くなっている信onプレイヤーにとって、
この2つのメリットは魅力的に感じるはずだ。




では、どうすれば有効に機能する「強いグループ」が作れるのだろうか。

まず、まだトップが健在な勢力は、
代役の人を見つけて自分が今やっていることを任してしまうことである。

要するに、権限委譲をして身を引く、ということだ。

こうすると、トップだった人は身の置き場がなくなるように見えるが、そうではない。

身を引いたトップの人には、よりレベルの高い合戦運営をしてもらいたいのだ。

例えば、旗振りがとてもうまい人がいたとする。

他に旗振りを増やして強力な「旗振りグループ」を形成したいのであれば、
才能や素質がありそうな人に旗振りを任せ、自分はその人のフォローに回るのだ。

たとえば、本人に直接やり方をアドバイスしたり、ゲリラが集まりやすいように大声で告知をしたり、
対話で武将徒党の党首に協力を求めたり、など。
旗振りの講習会、なんていうのもやってみてもいいだろう。

これまで自分が培ってきた能力をもとに、より裏方というか、管理者的な動きをするのである。

そうすることで、旗振りができる人は増えていくし、自分が裏方に徹することで勢力全体の力を強化することができる。
その強化の幅は、自分が旗振りをしていたころ以上のものになっているはずだ。

実は、自分の役割を他人に譲った後の方が、より一層忙しいし大変だし、
それ以上にやりがいがあって大きな成果を得られるのだ


もし、トップの人が今以上に自分の能力を高めたいなら、勇気をもって今いる自分の役割を他の人に譲ってみてほしい。
そっちの方が、より深く合戦を楽しめると思う。




逆に「トップ」がいない勢力の場合。

まず必要なのは意識改革だ。

「自分の実力は末端程度だ」

とおもうのではなく、

「自分の実力を信じて、中心に出てみよう」

と考え方を変えてみることだ。

とはいえ、考え方を変えるのは容易なことではない。

コツは、「ちょっとしたことでもいいからいつもとちがったことをやってみる」だ。

例えば、だれもゲリラを集めないなら自分で集めてみる。

ゲリラの呼びかけが私設であったら、自分も大声で参加を呼び掛けてみる。

伏専用の徒党を作ってみる。

周りの人に声をかけてみて、即席の対人徒党を作ってみる。

このように、ちょっとしたことでいいから、自分からアクションを起こしてみることだ。
特にそのアクションは、どんなかたちであれ「他人を巻き込む」ものがいい。

そうすることによって集団内に流れが生まれ、その結果「グループ」を作ることができると思う。

実は、上で書いたような例は、昔の信onプレイヤーでは日常的に行われていたことだ。

今以上に、「徒党」でなければできることが少なかった時代だ。
だから「グループ」を作る必要があった。
「グループ」で強くなる必要があった。

重要なのは「他人に声をかけること」だ。

勇気を出して行動した人には、声をかけて賞賛してあげてほしい。

迷っている人がいたら、声をかけて助けてあげてほしい。

ほんとうにちょっとしたことだ。

でも、それをやるかやらないかで、「グループとしての結びつき」=強さ というものが変わってくる。

他人にプラスのメッセージを伝えられるかどうかで、その国の強さが決まってくる。

そういう時代なのだと思っていただきたい。




信onも今年で11周年。

久しぶりに、「伊達家」という新勢力が実装された。

大幅な変化が起こっている時代なのだと思う。

だからこそ、合戦も、その実施主体となる勢力も、やり方を変えていかなければ生き残れない時代になっている。

私は、「信onから「神」はいなくなる」というアプローチで、この時代の変化に対応する方法を考えてみた。

これが正しいかどうかは正直分からない。

ただ、合戦に携わる一人一人のプレイヤーが、時代の変化を感じつつ、それに適応した動きに変化しなければならない。

そういう発想自体は、間違っていないと思う。

ただただ時代の奔流に流されたまま戦国ライフを送るのではなく、
立ち止まり周りをじっと見て、
自分の取るべき道、いや、取りたい道を見定めてほしい。

そうすることが、現状の合戦を活性化させ、生き残る方法だと、私は思う。

「神」が合戦を支配する時代は去った。
これからは、個々の「人間」が合戦を創る時代だ。


これからの合戦の生き抜くすべての人たちへのエールとして、この記事をささげたいと思います。

どうか皆様、ご武運を。
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